自分で飲んで美味いと思った日本酒と本格焼酎、そして愛用してる児島ジーンズも売ってる変な酒屋です

今日で丸6年が経ちました。

2017/03/13
 
この記事を書いている人 - WRITER -
佐藤 浩一
1972年 福島県双葉郡浪江町生まれ 元々は父親が酒ディスカウントとしてやっていたお店を専門店に方向転換し、福島県いわき市平で自分の好きな日本酒と本格焼酎を販売する酒屋『酒のしのぶや』三代目店主です。酒屋ですが正規販売店として児島ジーンズも販売しています。小学校6年生から続けて柔道は参段。最近はソニーα6000で写真を撮るのが好きです。

今日は息子の卒業式でした。

お祝いをしようと思ったんですけど本人不在プラス父ちゃん謎の足の炎症で40度声の発熱(笑)

久々に40度なんて数字見ましたけど抗生物質飲んだら炎症が治まったのか熱は下がりました!

 

今日で丸6年が経ちました

6年も前の事なのに今でも鮮明に覚えています。

2〜3日前の事も忘れちゃうくらいなのに…。

 

そりゃ生活が一変しちゃいましたからね。

でも前を向いて進まなきゃいけないんですよね。

僕は幸いにも家族全員無事で住むところもあったし仕事もありましたし、生活が一変はしたけど生きてるし生活できてるし前に進むことができるんですから。

生かされ残された僕たちが復興に向けて動かなきゃって。

 

 

今月で浪江町も解除に

今月で浪江町も一部避難解除になります。

浪江に帰って生活をする方々もいるようです。

でも僕は浪江町に帰る事をやめました。

本来は帰りたい気持ちもありますけど帰ったところでウチのような商売は成り立たないと思うんです。

苦渋の決断です。

そりゃ帰りたくないわけないです。

38年間生まれ育ってきた地元だし想い出がいっぱい詰まった町ですから。

 

でもね、帰れないんですよね。

 

綺麗に整地され更地になった我が家

 

そもそも浪江の店も家も取り壊してないんで帰れないってのもありますけどね。

 

だから僕はいわき市の今の場所でやっていくことに決めました。

 

 

これから何をするべきか

これから何をするべきなのか僕なりに考えたんですけど、復興のために動くのももちろん大切なんだと思うんですけど、風化させないことも大切なんじゃないかって思います。

 

2011年3月11日14時46分

 

忘れたくても忘れられないし忘れちゃいけない。

この東日本大震災で多くの方が亡くなり現在も行方不明になっている方も多い事実。

 

何をして欲しいわけじゃなく忘れないでほしい。

僕はそう思います。

 

福島県も復興に向けて進んでいます。

でも事実どうにもならないこともあります。

 

だからせめて忘れないでほしいです。

 

僕が一番ショックなのは子供達が浪江の事をほとんど覚えてないことです。

それぞれ11年と12年生活してた地元を忘れちゃったことです。

それだけ6年という月日は長いんですね。

 

 

この記事を書いている人 - WRITER -
佐藤 浩一
1972年 福島県双葉郡浪江町生まれ 元々は父親が酒ディスカウントとしてやっていたお店を専門店に方向転換し、福島県いわき市平で自分の好きな日本酒と本格焼酎を販売する酒屋『酒のしのぶや』三代目店主です。酒屋ですが正規販売店として児島ジーンズも販売しています。小学校6年生から続けて柔道は参段。最近はソニーα6000で写真を撮るのが好きです。

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)

Copyright© 酒のしのぶや三代目店主の戯言です , 2017 All Rights Reserved.