自分で飲んで美味いと思った日本酒と本格焼酎、そして愛用してる児島ジーンズも売ってる変な酒屋です

東日本大震災から丸8年を迎え今の僕の思うことを書き留めておきたいと思います

 
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佐藤 浩一
1972年 福島県双葉郡浪江町生まれ 元々は父親が酒ディスカウントとしてやっていたお店を専門店に方向転換し、福島県いわき市平で自分の好きな日本酒と本格焼酎を販売する酒屋『酒のしのぶや』三代目店主です。酒屋ですが正規販売店として児島ジーンズも販売しています。小学校6年生から続けて柔道は参段。最近はソニーα6000で写真を撮るのが好きです。

嫌でもこの日が近づくと【あの日を忘れない】と当時の映像が連日流され、地震の映像や津波の映像・福島第一原発の爆発映像等々、正直観るのも嫌な気分になりチャンネルを変えたりテレビを消したり。

というか忘れたくても忘れられないですよ…。

8年経った今でも当時の映像が鮮明に記憶にインプットされ、思い出したくないことも不意に思い出したり夢にまで出てきたり、そりゃあんな経験したら忘れることなんてできないですよね。

あの日は東京から帰ってきた後輩とお昼にラーメンを食べに行きお店に戻って奥さんと昼休憩を交代し、2日前に設置してもらった冷蔵庫の後ろの部分でお客様と一緒にお酒を楽しむスペースのことをネットで色々調べている時でした。

14時46分小さな揺れがきて普段から地震がちょいちょいあったんで『また地震かよ』なんて思ってたら徐々に揺れが大きくなり、どうにかなるわけでもないのに2日前に入れたばかりの新品の冷蔵庫を押さえてましたが、ワインを入れていた冷蔵庫が大きくなった揺れとともにバタンと倒れ『もうダメだ…』と棚から落ちて割れた酒瓶の上を走ってお店の外に出ました。

お店の外に出ると街灯や電柱がアメのようにグニャグニャと揺れ、隣の家の瓦が雪崩のように一直線に地面に叩きつけられ、立っている事すら困難なほどの揺れになす術が無かったですね。

恐怖で膝が震えるってのを人生で初めて経験しました。

一時的に揺れが収まり裏の家にいた母ちゃんを連れ出さなくちゃ!と『母ちゃん!母ちゃん!』と探しに行くと、庭に出て犬を抱えしゃがみ込んで動けなくなっている母ちゃんを見つけお店の前の駅前ロータリーに連れて行きました。

その後夕食の買い物に行っていた奥さんが帰って来たので、そのまま子供達を迎えに小学校に行くように伝えました。


震災直後の写真です

歪んで入ることができなくなったお店を見て何もできず、ただただ笑うことしかできず撮った一枚です。

スマホのアルバムを見返したら2011.3.11の15時52分に撮ったものでした。

8年も経つのに鮮明に覚えてますよ。

あの日を忘れない?

忘れられるわけないんですよ。

2011.3.11の14時46分から生活は一変しました。

でも…。

僕の今朝のFacebook投稿です。

丸8年ですね。
なんだか長いようで短かったような感じがします。
思い返せば震災当時は【この先どうしたらいいの?】よりも【今生きていくのにどうしたらいいの?】の方が先にきて、生きるために家族を守るために必死になって一気に突っ走ってきたなと。
少しずつでも一歩ずつでも前に進まなきゃいけないし、あの日よりも悪くなる事は無いと僕は思ってます。
3.11が辛い人もいれば素敵な記念日の人もいると思います。
だから日本全体が暗い自粛ムードになるんじゃなく、それぞれの3.11を過ごせればいいんじゃないですかね。
今日僕は定休日で1日家でのんびりしながらも、14時46分にはまだ帰らぬ友達に向かって合掌したいと思います!

なってしまったことを悔やんでも誰かのせいにして責めたとしても何も変わらないと僕は思ってます。

だから少しずつでも一歩ずつでも前に進んでいかなきゃいけないんです。

前に進まなければ何も変わらないんです。

綺麗事言ってんじゃねよ!って言われるかもしれないですけど、少なくても僕はそういう考え方です。

東日本大震災で被災し原発避難で故郷を追い出されましたけど、住むところがあって仕事があって温かいご飯が食べられて何よりも家族が全員無事で、生活環境が変わっただけなんですよ。

僕の友達でいまだに帰らない人もいるし残された家族も忘れることはできなくても少しずつ前に進んでいるんです。

それに比べたら僕なんか全然です。

ただちょっとだけ息切れしそうになりましたけどね。

転記しますね。

今日で丸8年。
長いようで短かったような気がする。
生きるため家族を守るためにずっと走り続けてきた。
少しゆっくりしてもいいかな。
明日から9年目。
明日はまだ帰らない友達に向かって合掌しよう。

本当に先のことなんか考えられる状況じゃなく、今をどう生き抜くのか?しか考えられず、生きるために家族を守るために走り続けてきた感じですね。

なので少しだけ、ほんの少しだけ一歩ずつゆっくりと進んでいこうと思います。

それから今朝のTBSのビビットという番組で、カンニング竹山さんが浪江町に行った特集をやってましたが、それが終わった後の竹山さんのコメントに本当に感謝しました。

転記します。

今朝の #ビビット@takeyama0330 カンニングの竹山さんが言っていた。本当に悲劇だけを切り取る報道はやめてほしい。極一部の帰還困難区域を除いて、福島の人達は一生懸命生きてます。楽しみを見つけて生活できてます。確かに辛い思いもしたけど今は普通の生活を取り戻してます。竹山さんありがとう

この日を迎えると本当に当時の映像を流したり避難所生活をしている時のコメントだったり、瓦礫だらけの街中の映像を流し『大変でしたね』『辛いでしょう』とコメントしているのは良いんですけど、なぜ復興の進んでいる今の状況に注目しないんでしょうか?

賛否両論ありますけど浪江町だって復興に向けて少しずつでも前進してますし、東京電力福島第一原発の廃炉に向けて文字通り命をかけて働いてる人達がたくさんいることをなんで報道しないんでしょうか?

メディアの皆さんも少し考えて欲しいと僕は思います。

福島県は前に進んでますよ。

福島県で普通に生活してますよ。

だから良かったら一度福島県に遊びに来てください。

食べ物も美味いし果物も美味いしラーメンも美味いし日本酒も美味いし素敵な温泉も沢山あるし。

一度遊びに来て今の福島県を感じてください。

それから3.11が辛い記憶の人もいれば誕生日や記念日の人もいると思います。

だから辛いニュースばかりじゃなく明るいニュースだって沢山あると思うんです。

震災だったからと言って辛い思い出だけを思い返す日にはしないで欲しいです。

丸8年を迎えて被災した方が少しでも前進できることを祈って、今僕が思うことを書き留めておきました。

No.927


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佐藤 浩一
1972年 福島県双葉郡浪江町生まれ 元々は父親が酒ディスカウントとしてやっていたお店を専門店に方向転換し、福島県いわき市平で自分の好きな日本酒と本格焼酎を販売する酒屋『酒のしのぶや』三代目店主です。酒屋ですが正規販売店として児島ジーンズも販売しています。小学校6年生から続けて柔道は参段。最近はソニーα6000で写真を撮るのが好きです。

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